2008年10月13日

キャッチボール

空気の澄んだ

心地よい日曜日の昼下がり、

僕は本を片手に近所の公園に行った。

ベンチに腰をかけてゆっくりと上を見上げれば、

木に茂る葉の間からは

秋の穏やかな太陽が顔をだしていた。

時折、葉が風に揺れるから、

光は小さな水晶のようにキラキラとまばたきして、

優しく僕とベンチを照らしている。

外で本を読むなんて初めてのことだけど、

これからは時々やるのもいいかもなあ、

なんて思ったりした。

しばらくの間、深呼吸をしたり

身体を伸ばしたりして、

さて、そろそろ本を読もうかなと思ったその時、

視界に僕と同じくらいの年齢の男性と

5歳くらいの男の子の歩く姿が入ってきた。

二人はやがて公園の中央まで来て、

少し会話を交わし、

それからキャッチボールをはじめた。

男の子はまだ球をしっかりと投げることができず、

ほとんどの球が転がってしまうのだが、

男性は微笑みながらその球を拾い、

そして男の子に優しく投げ返している。

……幸せそうだなあ。

きっと親子なんだろうな……。

あの男の子も大きくなったら、

子供とキャッチボールをするのかもしれないなあ……。

そんなことを思いながら僕は煙草に火をつけて、

目の前の煙を眺めるふりをしながらチラチラと

二人の様子を眺めていた。

やがて煙草を吸い終え、本を開こうとしたその時、

突然、僕は男性の顔に見覚えがあると感じた。

……?

気のせいじゃない。

どこかで見たことがある……。

誰だったかな?

確かに知っているはずなんだ……。

僕は本を横に置いて、

目を閉じ、

必死に思いだそうとした。

それからしばらくして、

真っ暗な記憶の細いトンネルを潜っているうちに、

やがて僕は一つの景色に辿り着いた。

……夕暮れの校庭で笑いながら僕に球を投げる男の子の姿。

それは小学生の時、

よく一緒にキャッチボールをしていた◯◯君だった。

自信はないけど、

視線の先にいるその男性は

◯◯君の成長した姿だと言われれば、

そのように見える……。

……◯◯君は小学校三年生の時に

僕のいる学校に転校してきた。

◯◯君の家は僕の家と近く、

また◯◯君は明るく大雑把な性格でもあったので、

内気な僕ともすぐに仲良くなった。

それは僕にとって初めての親友だった。

僕は室内で遊ぶことを好んだが、

◯◯君は外で遊ぶことを好んだ。

◯◯君は何かと僕を外へと連れ出すのだが、

運動音痴な僕のせいで遊びの選択は限られ、

最終的に残ったものはキャッチボールだけだった。

◯◯君と僕のキャッチボールは五年生になるまで続いた。

なぜ五年生で終わってしまったかというと、

◯◯君が他の学校に転校したからだ。

転校することが決まってからの僕たちは、

毎日暗くなるまでキャッチボールをした。

「ねえ、引っ越す場所は遠いの?」

「知らない!」

「またキャッチボールできるかな?」

「できると思う!」

だが、◯◯君が転校したあと、

僕たちが会うことはなかった。

……もしこの男性が◯◯君だとしたら、

一体僕はどんな声をかけるべきなんだろう?

僕たちの間に流れてしまった時間は

あまりにも長かったから……。

そんなことを考えていた時、

子供の取り損ねた球が僕の方へと転がってきた。

僕はベンチから立ち上がり、

球を拾って子供へ投げた。

球を受け取った子供はペコリと頭を下げ、

その背後から男性が僕に声を投げかけた。

「どうも、ありがとうございます!」

僕の心配をよそに、

その声や笑顔は◯◯君とは全く違うものだった。

………………………。

僕はベンチに座り、煙草に火をつけた。

そしてキャッチボールを続ける目の前の二人を見ながらこう思った。

◯◯君はきっと今でも誰かとキャッチボールしているだろうな、と。

それは会社の同僚かもしれないし、

新しい友達かもしれないし、

恋人かもしれないし、

目の前の男性のように自分の息子とかもしれない……。

僕の視線の先には、

上手に球をキャッチできたことが嬉しいのだろう、

子供が楽しそうに笑っている姿と、

それを喜ぶ父親の姿があった。

僕はフと、

◯◯君とはじめてキャッチボールをした日のことを

思いだした……。

「僕、キャッチボールなんてしたことないよ……」

「大丈夫だよ!とって投げるだけだよ!」

「……それ、楽しいの?」

「みんな楽しいって言ってるぞ!」

「……みんなって誰?」

「ええっとね……俺のオヤジとか……」

…………………………。

あの頃の僕たちの

キャッチボールは、

誰かから誰かへと

今も引き継がれている。






























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posted by kodds at 01:27| Comment(33) | TrackBack(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

波のひとつ

新宿で用事を終え、

帰るための電車に乗って揺られていると、

暖かい夕暮れの日差しのせいもあり、

ウトウトと眠ってしまった。

目を開けば見慣れない景色が車窓を過ぎていくから、

どうやら僕は乗り過ごしてしまったらしい。

だけど僕はあわてもせずに、

このままどこまでも行ってみようなんて思ったりした。

最近の僕はとても疲れていた。

もともと心はそんなに強いほうではないけれど、

それよりも色々なことに疲れてしまったんだ。

僕が死んだとしても

それはとても小さいことだ、とか

近頃はよく考える………。

僕はまた目を閉じて、

電車に揺られながら、

何もかもがどうでもいいと思った。

………………………………。

終点の八王子に電車が到着したとき、

僕はなぜか海が見たいと思った。

なぜ海なのかはわからない。

でも、どこかに行くとすれば

それはやはり海だった。

僕は財布の中身を確認して、

それからフと頭に浮かんだ『茅ヶ崎』を目指すことにした。

『茅ヶ崎』………。

僕は何を期待しているんだろう?

………………………………。

何度か電車を乗り換え、

茅ヶ崎に着くころには

辺りはすっかり暗くなっていた。

改札を抜けると

気のせいか少し潮風の匂いがした。

海が近い、と思った。

電灯の灯る正面の真っ直ぐな道路を

僕は道沿いに歩くことにした。

落ち着こうと思ってタバコに火を点けてみても、

意志に反して僕の足は自然と速度を増した。

もうすぐ海だ。

どうやら僕は少しだけ興奮しているらしい。

だけど頭の片隅でこうも思った。

………海に行って何がある?と。

もし仮にそこに何かがあったとしても、

僕の毎日は何一つ変わらないだろう。

きっと相変わらずだ。

………そんなことはわかっている。

だけど意志に反して、

僕の身体は海を見たがっていた。

海でなければ駄目だった。

………………………………。

ところどころに汗をかき、

息が切れてきたころ、

道は行き止まりになった。

耳を澄ませば、

柵の向こうから波の音が聴こえてくる。

僕はゴクリと喉を鳴らして、

それからゆっくりと柵をよけ、

向こう側へと歩いた。

………そして、

やがて僕の目には広大な黒が広がった。

………海だ。

夜の海は激しい黒いうねりだった。

遠くを見ても真っ暗なために水平線が見えず、

空と海を隔てるものがそこにはなかった。

近くに目を落とせば波がしぶきをあげるから、

僕はこの広大な黒を海だと認識できるのだった。

しばらく、

僕はそこに立ちつくしていた。

その間、絶えず波は砂浜を打ち続けた。

力強く、躍動的に。

瞬間に生まれ、

そして瞬間に消えるその波は、

よく見れば同じ形のものなど一つもなく、

そのどれもがわずかだが個性を持ち、

どれもが素晴しい音色で砂浜を打った………。

それからどれくらいそこに立っていただろうか?

僕はこの景色を見ながら

フとこんなことを思った………。

僕の存在は

きっとこの波の一つのようなものだろう、と。

存在したことさえ疑わしいほどの瞬間の運動。

少し時がたてば誰の記憶にも残らないほどのわずかな個性。

きっと僕はそんなものだ。

だけどそれでも………

波は素晴しい。

波は美しい。

そのことが僕に勇気を与えるのだった………。

身体の熱がおさまり、

風が少しだけ肌寒くなってきた。

もう秋なんだ。

夏よりも僕に向いているはずの季節がやってきた。

きっと素晴しい日々が僕を待っているはずだ………

なんてね………。

さてと、

帰ろうかな。








































posted by kodds at 22:14| Comment(10) | TrackBack(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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