2008年07月21日

さよならじゃない

三連休の初日の土曜日、

楽しそうに通り過ぎる子供達を尻目に、

僕は埼玉でガードマンの仕事に励んでいた。

燃える太陽の下、

暑さは体力を容赦なく奪っていく。

止めどない汗が視界をさえぎり、

立っているのもやっとの状態だ。

そんな朝に小さな事件が起こった。

ガンジーさんがトラックを誘導中に、

足をタイヤで踏まれてしまったのだ。

幸運にも大した怪我などなく、

痛みもそこまでないらしいが、

大事をとってガンジーさんは早退して病院に行くことになった。

「ごめんね……。一人にさせちゃって……」

ガンジーさんは子犬のような瞳で

悲しそうに僕にそう言うと、

トボトボと病院に向かった。

事故は小さなものだったが、

騒ぎは大きなものになってしまった。

事故が起きた瞬間、

僕は心配よりも先に、

「何やってるんですか!」

とガンジーさんに叫んでしまった。

暑さのせいか、僕はめずらしくイライラしていたみたいだ。

やがて僕の声を聞いた人達が集まってきた。

ガンジーさんは、

「大丈夫。大丈夫」

と周囲の人達に微笑んでいた……。

結局その日、

僕は一人で昼食を食べ、

一人で夕方まで働いた。

もともとは二人でやっとこなせる現場だ。

僕はクタクタに疲れてしまった。

……次の日、

現場にガンジーさんの姿はなかった。

会社に電話をしてみたところ、

「悪いけど、とりあえず今日までは一人でやってくれないかな?」

とのことだった。

ガンジーさんの説明については何もなかった。

僕は電話を終えた後、

ため息を吐き、

一人で働くつらさを思い、肩を落とした。

……午前が過ぎ、

昼食を終え、

事務所にゴミの入った袋を持って行こうとしている僕の背後から、

不意に現場の監督者が声をかけてきた。

「あのさ、キミちょっといいかな?」

監督者は額に流れる汗を拭いていた。

「あのさ……昨日、弁当のゴミを分別してなかったでしょ?

 ダメだよ。ちゃんとしないと。

 それに、最後の掃除も昨日はしなかったでしょ?

 いつものようにちゃんとやらないと……」

僕は事態が呑み込めずに

「はあ……」

と、とりあえず答えた。

監督者がいなくなった後、

僕は分別するために

ゴミの入った袋を開けながら考えていた。

僕はいつも弁当を食べた後、

ゴミをそのまま袋に入れて、

その場所に置いたまま

喫煙所へと向かっていた。

ガンジーさんがいつも

「僕のといっしょに捨てておくから、置いといていいよ」

と言ってくれたからだ。

しかし、昨日はガンジーさんがいないから、

自分で袋にまとめたゴミを事務所に持って行って捨てた。

だが、それで分別が出来ていないというのなら、

……今まではガンジーさんが、

僕のゴミの袋を開けて、

分別してから捨ててくれていたということか?

それに僕は最後の掃除なんてものを知らなかった。

いつも僕は労働時間を終えれば、

喫煙所で煙草を吸い、

それから着替えて帰宅していた。

ということは、

今までは僕が煙草を吸っている間に、

ガンジーさんが一人で掃除をしてくれていたということか?

僕はゴミを分別しながら、

ガンジーさんが事故を起こした昨日、

もっと優しい言葉をかけるべきだったと後悔し、

そして明日、会った時にあやまろうと思った……。

……それから次の日の今日、

また現場にはガンジーさんの姿はなかった……。

僕は嫌な予感を感じつつ、会社に電話をした。

何度かコールした後、

もしもし、という相手に対して僕はこう言った。

「あの……◯◯ですけど、今日も僕は一人なんですか?……」

すると電話の向こうで相手はこう言った。

「ああ!◯◯くん!大丈夫だよ!

 あのね、今日からそこの現場には

 いつもの人の変わりに

 別の人が行くことになったから!

 今度の人は若いし、

 仕事もできるから、

 ◯◯くんとは気が合うと思うよ!

 とりあえず一時間後に

 そこの現場につくから、

 仲良くしてね!」

僕は驚いた。

内容を理解するのに少し時間が必要だった。

それから少しして僕はこう言った。

「……あの……ガンジー、いや、

 ◯◯さんは……どうなっちゃったんですか?」

すると、向こうは少し間を置いた後、

ゆっくりとこう言った。

「ああ、◯◯さんね……。あの人はミスが多すぎるから、

 別の現場に行ってもらうことになったよ……。

 そっちの現場の人達からクレームがきてね……。

 もっと若くて、仕事の出来る人にしてくれってさ。

 足は別に問題なかったみたいだけどね……

 だから◯◯さんは今日から練馬の現場にいるよ」

…………それからどんな会話をしたかは覚えていない。

……………………………………………。

一時間ほどして現場に来た新しいガードマンは、

サーフィンが似合いそうな色黒の好青年だった。

彼は確かに仕事が出来た。

ユーモアもあり、

昼になる頃には、

現場の人達と笑いあうほどに打ちとけていた。

ガンジーさんや僕とはえらい違いだ。

……昼食を終えて、

僕と彼は日陰で休んでいた。

彼は僕を見てこう言った。

「◯◯くんはおとなしいね。無口なのかい?」

僕は「あまり、お喋りは得意じゃないんだ……」と答えた。

すると彼はジロジロと僕を見て、それからこう言った。

「なあ、ギャンブルはやるのかい?」

「……いや、やらない」

「女遊びとかはやるのかい?」

「……いや、やったことない」

「じゃあ、殺したい芸能人とかいる?」

「……いない」

すると彼はため息を吐き、

それから笑いながらこう言った。

「ねえ、◯◯くんは最近、どんなことに興味あるのかな?」

僕はしばらく考えて、それからこう答えた。

「……トビとか……」

すると彼は立ち上がった。

「何?トビ?トビだって?あの、空を飛んでいるトビかい?

 ははは!◯◯くんは変わってるね!

 はははははは!

 まあいいや!

 俺はとりあえず、煙草でも吸いに行ってくるよ!」

そう言い終えると、彼は笑いながら喫煙所へと歩き出した。

………………………。

僕は彼の残したゴミの分別を終え、

高すぎる夏の空を見ながら

ガンジーさんを想った。

もうすぐ、約束の期間が経つから、

僕はガードマンの仕事を終えることになる。

そうなれば僕は練馬のガンジーさんにあやまりに行くんだ。

きっとガンジーさんは

練馬でも相変わらず、

ミスをして怒られながらも、

笑顔を浮かべて誠実に働いているはずだ。

燃える日差しを受けながら、

愚痴一つ言わずに、

陰ながら誰かの力になっているはずなんだ。

きっと僕が練馬に行って、

「……今までごめんなさい。

 そして今までありがとうございました」

とか照れながら言っても、

あのガンジーさんのことだから、

いつもみたいに

子犬のような目で

優しく僕を見つめながら

「全然気にしてないよ。それよりこちらこそありがとね」

とか顔を近づけて言うに決まっている。

絶対にそうだ。

僕にはわかっているんだ。












 






posted by kodds at 21:36| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

トビが飛ぶ

梅雨があけたのかどうかは知らないが、

今日の埼玉はめまいがするほどの暑さだった。

僕はなんとかガードマンの一日を終え、

帰宅しようとしていた。

すると背後から、

「ねえ、◯◯くん。少しだけ飲みに行こうよ」

と不意にガンジーさんに言われた。

僕は一瞬戸惑い、

振り返ってガンジーさんの方を見た。

すると、ガンジーさんは何とも言えない穏やかな笑顔を浮かべている。

しかも眼鏡の奥のその目はまるで子犬のように純粋だ………。

僕はしばらく考えて、

それから、こんな日に飲むビールはさぞ美味いだろうと思い、

「いいですよ」と答え、

ガンジーさんがいきつけだという近所の飲み屋に行くことにした。

店に行くまでの間、

ガンジーさんはずっと笑顔で喋っていた。

顔を近づけて喋るのは相変わらずだけど、

ガンジーさんが嬉しそうに喋るものだから、

僕はそんなに悪い気はしなかった。

やがて小さな居酒屋に入り、

ガンジーさんは

「ホッピーください!」

とカウンターに注文した。

僕がガンジーさんに

「ホッピーって何ですか?」

と訊くと、

ガンジーさんは

「あ、若い人は知らないか……。けっこうおいしいよ!」

と微笑んだ。

……………………………。

しばらく飲んだ後、

顔を真っ赤にしたガンジーさんは

僕にこんなことを話しだした。

「……僕は昔、画家になりたくて

 毎日絵を描いていたんだ。

 描くものは決まって、

 空を飛ぶトビの絵だったよ。

 トビは群もせずに自由に飛んでいるから、

 若かった頃の僕にはとてもカッコイイものに思えたんだ。

 僕は毎日、

 ご飯を食べるのも忘れてトビばかり描いていたよ……。

 そんな日々を送っていた頃、

 今の奥さんに出会ったんだ。

 ……やがて僕たちは結婚することなり、

 僕は画家の夢を諦めた……。

 絵で生活はできないからね……。

 僕は奥さんを愛していたし、

 絵に未練はもうなかったよ。

 結婚後、

 奥さんの実家は

 今まで続けてきた酒屋をつぶして、

 コンビニをはじめた。

 そして僕はその店を譲り受けて店長になった。

 向こうの両親からすれば、

 『この店をあげるから娘を幸せにしてくれ』

 ってところだったんだろうね。

 僕は一生懸命がんばったよ。

 なんとか店を繁盛させようと、

 とにかくがんばったよ。

 その甲斐もあって、店は少しずつ繁盛していったんだ。

 でもね……

 やっと生活が上向きになったその頃、

 店のすぐ近くに別のコンビニができたんだ。

 そのコンビニは僕のところとは違って、

 有名な系列のコンビニだったんだ……。

 お客さんはどんどんそっちに流れていったよ……。

 やがて僕たちの生活は苦しくなっていった。
 
 僕はなんとかお客さんを呼び戻そうとがんばったよ。

 だけどその頃、

 とどめを刺すように、

 もう一件、

 また別の有名な系列のコンビニが近くにできたんだ……。

 終わりだったよ……。

 僕は店をたたむことにしたんだ……。

 そりゃあ奥さんにはすごい怒られたよ。

 向こうの両親にもそれ以来、嫌われちゃったね……。

 でも僕はなんとか気持ちを入れ替えて、

 いろいろな会社の面接を受けたりしたよ。

 だけど見事に全部落ちてね……。

 そしてなんとか今は、

 ここの会社に拾ってもらって、

 ガードマンをしているというわけなんだ……」

ガンジーさんは顔を真っ赤にしたまま、

目を閉じていた。

僕はしばらく黙っていたが、

やがてガンジーさんにこう訊いてみた。

「ここの仕事、長いんですか?」

するとガンジーさんは、

「もう、長過ぎて訳がわからないくらいだよ……」

と言った。

それからガンジーさんは

ホッピー飲み、

さらにこんなことを話し続けた。

「……ねえ、◯◯くん。

 僕は最近、仕事中によくこんなことを思うんだよ……。

 もし、僕が絵を描くのをやめていなかったら、

 今頃はどんな人生を送っていたんだろう?ってね……。

 ……夏の日差しを受けながら、

 仕事の合間、

 ふと、見上げると、

 大きなトビが、

 美しいトビが、

 僕の遥か上を、

 無限の広大な空を、

 自由に飛びまわっているんだ……。

 僕はそんな時、

 空にゆっくりと手を伸ばしてみるんだ。

 でもね、

 やっぱり、

 そこには届かないんだよ……」

ガンジーさんはそこまで話し終えると、

不意にイビキをかきはじめた。

…………………………………。

せっかく、真剣に話を聞いていたのに……。

僕はため息を吐いた。

まったく、

こういうところがガンジーさんらしいよ…………。

僕はガンジーさんのホッピーを

ゆっくりと自分の口に運び、

それから油で汚れた居酒屋の天井を見つめ、

その向こうに

ガンジーさんの見た空をイメージしようとしてみた。

きっとそれは、

どこまでも広大で、

どこまでも透き通っていたはずなんだ。



 
posted by kodds at 19:38| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月08日

銀色のプレゼント

久しぶりの、

本当に久しぶりの、

休日が明日やってくる。

この一ヶ月間、

僕はずっと働きっぱなしだった。

友人の紹介で始めたそのガードマンのバイトは

決して簡単なものではなかったけど、

最近では少しサマになってきたかなって

自分では思っているんだ。

埼玉の大型家電量販店のうらで

荷物を運んでくるトラックを

通行人に気を配りながら誘導するのが

僕の仕事だ。

ここの仕事の最大の敵は

異常気象による暑さと、

なんと言っても、

先輩の「ガンジーさん」だ。

「ガンジーさん」は五十歳くらいで、

坊主頭に丸眼鏡で、

ガリガリで真っ黒で、

人の良い笑顔をいつも浮かべていて、

限りなくその姿はガンジーを連想させるから、

僕は心の中でガンジーさんって呼んでいるんだ。

……僕はガンジーさんが苦手だ。

ガンジーさんはいつも仕事でミスをするし、

いつも誰かに怒鳴られているし、

人が良いので損ばかりするし、

年上で先輩なのに頼りないし、

新人の僕がたまに憎まれ口を叩いても、

いつも寂しそうに微笑むだけなんだ。

なんだかとても痛々しい。

……今日もいつものように建物の影で

二人で昼飯を食べていた。

「いいねえ、若い人は仕事の覚えが早くて」

ガンジーさんは目を輝かせながら僕に言った。

僕はいつものように

「……ええ、まあ」と無愛想に答えた。

ガンジーさんは悪気はないのだろうけど、

顔を近づけて喋るから鬱陶しい。

僕はいつも急いで食事を終わらせ、

少し距離のある喫煙所へと向かう。

ガンジーさんは煙草を吸わないから、

喫煙所は一人になれる格好の場だ。

今日もいつものように急いで食事を終わらせ、

喫煙所に行こうとした。

すると、

「◯◯クンちょっと、待って」

そう言ってガンジーさんはポケットを探ると、

やがて小さな紙袋を取り出した。

それからカサカサの黒い手で僕にそれを渡し、

「開けてみて」

と微笑んだ。

なんだ?

不思議に思いながら紙袋を開けてみるとそこには、

なんと銀色の携帯用灰皿が入っていた。

「なんですか?これ」

僕が驚いてそう言うと、

ガンジーさんは頭をかきながらゆっくりとこう言った。

「これ……プレゼントするよ。

 だって、いつも喫煙所まで歩くのは大変でしょ?

 それにここで煙草を吸えればもっと話ができるから、

 もっと楽しいと思うし。

 ……プレゼントなんてあまりしないから、

 とても悩んだけど、

 気に入ってくれると嬉しいな……」

ガンジーさんはそう言うと、照れくさそうに微笑んだ。

僕は灰皿を持ったまま立ちつくしてしまった。

こんなお節介いらない……。

僕はそれから、

……ガンジーさん、煙草は喫煙所でしか吸えないから、

これを持っていても意味はないですよ……

とか言おうと思ったけど、

手のひらに乗った銀色の灰皿を見ているうちに、

なんだか若いデザインのそれを見ているうちに、

まあいいか、という気持ちになり、

やめることにした。

………やっぱり僕はガンジーさんが苦手だ。

だけどこれからは、昼休みの間は煙草を吸わず、

ガンジーさんと一緒にいようと思った。








posted by kodds at 21:10| Comment(19) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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