2008年07月12日

トビが飛ぶ

梅雨があけたのかどうかは知らないが、

今日の埼玉はめまいがするほどの暑さだった。

僕はなんとかガードマンの一日を終え、

帰宅しようとしていた。

すると背後から、

「ねえ、◯◯くん。少しだけ飲みに行こうよ」

と不意にガンジーさんに言われた。

僕は一瞬戸惑い、

振り返ってガンジーさんの方を見た。

すると、ガンジーさんは何とも言えない穏やかな笑顔を浮かべている。

しかも眼鏡の奥のその目はまるで子犬のように純粋だ………。

僕はしばらく考えて、

それから、こんな日に飲むビールはさぞ美味いだろうと思い、

「いいですよ」と答え、

ガンジーさんがいきつけだという近所の飲み屋に行くことにした。

店に行くまでの間、

ガンジーさんはずっと笑顔で喋っていた。

顔を近づけて喋るのは相変わらずだけど、

ガンジーさんが嬉しそうに喋るものだから、

僕はそんなに悪い気はしなかった。

やがて小さな居酒屋に入り、

ガンジーさんは

「ホッピーください!」

とカウンターに注文した。

僕がガンジーさんに

「ホッピーって何ですか?」

と訊くと、

ガンジーさんは

「あ、若い人は知らないか……。けっこうおいしいよ!」

と微笑んだ。

……………………………。

しばらく飲んだ後、

顔を真っ赤にしたガンジーさんは

僕にこんなことを話しだした。

「……僕は昔、画家になりたくて

 毎日絵を描いていたんだ。

 描くものは決まって、

 空を飛ぶトビの絵だったよ。

 トビは群もせずに自由に飛んでいるから、

 若かった頃の僕にはとてもカッコイイものに思えたんだ。

 僕は毎日、

 ご飯を食べるのも忘れてトビばかり描いていたよ……。

 そんな日々を送っていた頃、

 今の奥さんに出会ったんだ。

 ……やがて僕たちは結婚することなり、

 僕は画家の夢を諦めた……。

 絵で生活はできないからね……。

 僕は奥さんを愛していたし、

 絵に未練はもうなかったよ。

 結婚後、

 奥さんの実家は

 今まで続けてきた酒屋をつぶして、

 コンビニをはじめた。

 そして僕はその店を譲り受けて店長になった。

 向こうの両親からすれば、

 『この店をあげるから娘を幸せにしてくれ』

 ってところだったんだろうね。

 僕は一生懸命がんばったよ。

 なんとか店を繁盛させようと、

 とにかくがんばったよ。

 その甲斐もあって、店は少しずつ繁盛していったんだ。

 でもね……

 やっと生活が上向きになったその頃、

 店のすぐ近くに別のコンビニができたんだ。

 そのコンビニは僕のところとは違って、

 有名な系列のコンビニだったんだ……。

 お客さんはどんどんそっちに流れていったよ……。

 やがて僕たちの生活は苦しくなっていった。
 
 僕はなんとかお客さんを呼び戻そうとがんばったよ。

 だけどその頃、

 とどめを刺すように、

 もう一件、

 また別の有名な系列のコンビニが近くにできたんだ……。

 終わりだったよ……。

 僕は店をたたむことにしたんだ……。

 そりゃあ奥さんにはすごい怒られたよ。

 向こうの両親にもそれ以来、嫌われちゃったね……。

 でも僕はなんとか気持ちを入れ替えて、

 いろいろな会社の面接を受けたりしたよ。

 だけど見事に全部落ちてね……。

 そしてなんとか今は、

 ここの会社に拾ってもらって、

 ガードマンをしているというわけなんだ……」

ガンジーさんは顔を真っ赤にしたまま、

目を閉じていた。

僕はしばらく黙っていたが、

やがてガンジーさんにこう訊いてみた。

「ここの仕事、長いんですか?」

するとガンジーさんは、

「もう、長過ぎて訳がわからないくらいだよ……」

と言った。

それからガンジーさんは

ホッピー飲み、

さらにこんなことを話し続けた。

「……ねえ、◯◯くん。

 僕は最近、仕事中によくこんなことを思うんだよ……。

 もし、僕が絵を描くのをやめていなかったら、

 今頃はどんな人生を送っていたんだろう?ってね……。

 ……夏の日差しを受けながら、

 仕事の合間、

 ふと、見上げると、

 大きなトビが、

 美しいトビが、

 僕の遥か上を、

 無限の広大な空を、

 自由に飛びまわっているんだ……。

 僕はそんな時、

 空にゆっくりと手を伸ばしてみるんだ。

 でもね、

 やっぱり、

 そこには届かないんだよ……」

ガンジーさんはそこまで話し終えると、

不意にイビキをかきはじめた。

…………………………………。

せっかく、真剣に話を聞いていたのに……。

僕はため息を吐いた。

まったく、

こういうところがガンジーさんらしいよ…………。

僕はガンジーさんのホッピーを

ゆっくりと自分の口に運び、

それから油で汚れた居酒屋の天井を見つめ、

その向こうに

ガンジーさんの見た空をイメージしようとしてみた。

きっとそれは、

どこまでも広大で、

どこまでも透き通っていたはずなんだ。



 
posted by kodds at 19:38| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ガンジーさんカッコいいね。ガンジーさんとホッピー飲みたくなっちゃった。
Posted by 盆栽亭『英樹』 at 2008年07月12日 20:45
ガンジーさんは、奥さんのことを愛していたから夢を棄てた。

その時に未練はなかったんですよね?

コンビニをたたむ時、ガンジーさんは、奥さんのこと、
少しでも呪ったりはしなかったでしょうか?


そうじゃないんですよね。

ガンジーさんは、
自分の手の届かなくなった夢に対して
愚痴をこぼしているのではなく、
消化してしまった想い出として
語っているんですよね。

自分にもそんな夢を想い出として
語ることが出来る日が来るんでしょうかね?

それまでは、心の傷をさすりながら生きていかねば。
Posted by 夜羽 at 2008年07月13日 02:16
おはようございます!
出勤途中に工事現場があったりとか
スーパーに立ち寄ったりとかする時に
ガードマンの方を
ついつい見入って
しまうようになりました。
「貴方とガンジーさん。
頑張ってはるやろか〜?!」
「今日はメチャ暑いやろな〜?!」とか。
ガンジーさんの夢、素敵ですね!
夢を語る男性の目って・・
遠くを見つめていて
誰も立ち入れない感じがします。
ガンジーさんの”絵”
見てみたくなりました。


Posted by さくら at 2008年07月13日 09:42
ガ−ドのマンのガンジ−さんって素敵な人ですね。

そして、そのことをさり気無く伝えてくれている「Kodds」さんも
素敵なひとだなぁと「ドラ」は感じましたよ。

お仕事頑張ってくださいね。
優しい気持ちにしていただいて有り難う。m(_ _)m
Posted by ドラ at 2008年07月13日 20:48
人生、思い通りにいかないね。

でも、一度きりしかないんだよね。

好き勝手にやりたい事をどんどんやるよ?

と、生きたいトコロだけどそれじゃきっと

人生、楽しくなくなっちゃうかもね。

叶わなかった夢や、手に入れられないものが有るからこそ

生きる意味や楽しみが見つかるのかも。

koddsさん、相変わらずステキですね。

Posted by びっけ at 2008年07月15日 17:58
・・自分は静岡県駿東郡在 住 先月40歳になりました。
現在は建築現場監督してますが・18歳時、交通事故にて脳挫傷で1ヶ月意識不 明・・ 人からは分かりにくい障害持ち奇跡の復帰!しかし.社会に出て絶えない苦 労ですが、楽観主義で闘ってます!
よかったら自分のブログも事故発生の始めから読んでやって下さい
 http://tomotaroukun.blog116.fc2.com/
Posted by 智太郎 at 2008年07月16日 13:10
温かいコメントありがとうございます。

ガンジーさんの言葉は他人事のように思えず、
今の自分の立場などを考えてしまいました。
夢を求めるというのは貧困と隣り合わせ。
覚悟がいるものですね。もちろん、夢を求めなかったからといって、
裕福な生活を営める保証などないわけで・・・
人生、複雑です。
Posted by おいら at 2008年07月17日 02:34
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